たもたす。

比較文化、哲学あたりの人文系が好きです。社会学や現代思想も少し。読んだ本、観た映画、日々の記録。

好みの問題

なにかを決めることが苦手だ。あらかじめ限定された選択肢の中から、明確な指標に基づいて選択するのであれば、何も難しくない。それは予め答えが与えられた問いだから。例えば、ファミレスのメニューの中から、一番健康な料理(塩分やカロリーやアレルギー食材が記載されている)を選ぶ、など。問題は、そのフィルタリングで1つに絞られない場合だ。うどんと海鮮丼、といった場合。ただただうどんと海鮮丼のどちらが好きか、という好みで決めることができる場合。僕はうどんと海鮮丼のどちらを好きなのかを問われている。「どちらでもいい」が僕の答えなのだが、それではマズい。みんなも待ってるし、時間も限られている。大抵の場合は時間制限が来てしまい、「たまたま」「なんとなく」海鮮丼を選んだりする。

だが、世の中には時間制限がなく(本当はあるのだが意識することが難しい)、価値観の問われる選択がごろごろしており、決断しないまま時間だけが経ってしまう、ということがある。旅行先の選択だったり、デートの場所などが僕にとってはそうだ。それに、誰とお付き合いするか、という問題も、(本質は違うかもしれないが)そういった選択に含まれる。

有限性の中で判断しなければならない。だが同時に比較検討することを辞めてはいけない。絶えず比較検討している人こそが信頼に足る人物だ、と(確か)千葉雅也が書いていた気がする。だが、「とりあえず」が効かない選択もあるんじゃないか。とりあえず結婚して、もっといい相手が出来たら乗り換える、なんて出来るのだろうか。それとも、この問いには乗り換えるのは恋人だ、と言われるだろうか。

とりあえずの答えを出すことを求められつつも、選択肢が多様にあり過ぎて選ぶことが出来ない。こういう傾向にある自分は、自分が何が好きなのかをよくわかっていない、ということになるんじゃなかろうか?とそんな自分があまり好きではないのだ。好きってなんなのか。30にもなるというのに、自分の好きがわからないなんて、なんてこった。これはビジネスシーンで「ポジションを取る」というのともまた違う。ビジネスシーンでは純粋なディベートのように、ある位置取りをすることでトータルでよい結論に辿り着く可能性が増えるけれど、これは個人の嗜好とは関係のないことなのだし。