たもたそ音楽日記

ヴィオラとピアノ、音楽以外のことも書きます。

職場の宴会

職場での演奏会。人前で弾く経験としては等しく価値ある機会。とても好評で、楽しんでいただいたあと、上席の方々から労いの言葉を頂く。家にピアノがあるということ自体が違う世界だと思われるような人たちも多い中に囲まれ、お酒と料理を楽しんだ。
才能だよね、もともと音楽の素質があったんだね、と了解されるコミュニケーション。僕はそうは思わない部分もあるけれど、笑顔で応える。努力の部分を明かしては面白みに欠けるし、よくわからない才能という言葉で謎が深まるほうが、ひとつ、世界は豊かになるかもしれない、と思いつつ。こういう場で華を添えることができる芸を持てるようにと母は僕に音楽を与えて下さったのかもしれない、と程よく酔っ払った頭で考えながら帰宅した。二次会もあったけれど、カラオケの場はあまり得意ではないから。

シャワーを浴びて23時くらいには寝て、8時に起きてからドトールのドリップコーヒーを飲みながら煙草を一本だけ吸って、4キロほど市内をランニングした。風も穏やかで、本当にいい天気だった。AirPodsでギレリスのハンマークラヴィーアを聴きながら。猫が5匹ほど沿道にいた。うち2匹は身を寄せ合って寒さをしのいでいるように見えた。走るのはメンタルコンディションを整えるためと、肉体的なコンディションを整えるためと、音楽の練習効率を高めるためだ。因果関係は定かではないけれど、運動した方が音楽トレーニングの効率も高まるのではないか、と仮説を立てている。
帰宅してシャワーを浴びて、遅い朝食をとり、出掛ける準備を済ませてからピアノの前に座る。全調スケールを弾いて、ブラームスの練習曲を丁寧にさらってからベートーヴェンを1時間程度。今日はこれから川崎にエルバシャを聴きにいく。

くるま

あおり運転のニュース。原告側が23年の求刑をしたそうで、話題になっている。あおり運転を受けて車を止めたところ、追突されて亡くなったとのことだった。なんともいたたまれない。くるま、とてもこわい。
仕事では車に乗ることはあるけれど、プライベートではほとんど乗らない。わざわざ車で移動しなくたって電車があるし。社会人になり働き始めて驚いたのは、職場に運転できない人を馬鹿にする人がいたことだった。たぶんその人は車が必須の場所で生きてきたから、車を運転しない女子供(という言葉だって差別的だ)を見るまなざしでその運転しない君を見ているのだ。別に、車が必要のないところで生きていたら車の免許を取ろうだなんて思わないのに。それでも、わざわざ30万を払って身分証明書を取るのもおかしなことだと思う。話を戻すと、世の中にはそういうふうに偏狭な人たちが多くて、これが一般大衆というやつか、と驚いたのだった。
こんな事件を目の当たりにすると、車なんか乗らなきゃいいのにと思う。でもそうもいかないんだろう。でも都心部で生活しているなら、大して公共交通機関と所要時間が変わらないのにわざわざ事故に遭遇しやすい乗り物に乗る、という判断が僕には理解できない。車に乗って運転すると、運転している間は本も読めないし。電車なら本も読めるしiPhoneも開けるし。もう車の運転が上手くてかっこいいという時代でも、乗っている車で判断される時代でもない。お金がかかるだけの贅沢品でしかない。お高い数千万する車は資産価値がそれほど下がらないけれど、普通車は納車しただけで価値が半減する。
昨今自動車税の見直しもニュースになっていたけども、この流れは賛成。東京では単なる贅沢品でしかない一方、田舎では必需品だから。

帰路

昨日は2015年のオケのメンバーで秋葉原の一室を借り切って、忘年会のような同窓会ような集まりに出席した。プロの方を含め、久しぶりに会う人たち。この中では僕はヴィオラ弾きだ。
そのあと友人と23時過ぎまで飲んでいた。ちょっと飲み過ぎてしまい、帰宅は0時過ぎ。先週から日をまたいで帰宅することが多いな。12月だから。そういえばまだ来年の手帳を買ってなかった。ほぼ日手帳
今朝は頭が痛かったものの、朝ランをするルーチンは崩さず。電気毛布をセットしないとな。デロンギヒーターは出したものの、もうだいぶ寒くなってしまった。
お昼過ぎから江東区の施設でデュオの合わせのため移動。なんだかんだ、自分の練習時間を作るのに苦労している。全部断ってしまえば簡単なんだけど、そういうわけにもいかず。今日は相手が相当練習をしてきて、音程感覚がかなり精度の高いものになってきた。錦糸町から家に帰る途中、電車を待っている。ハンマークラヴィーアの4楽章。出だしはラカンパネラが容易に想像できる。明らかに前期中期とは異なる音の配置。夕空に見る総武線沿線の住宅。新しい道路が開通していることに気づく。制約の中での遊び、転調。30番の1楽章。電車の中に所狭しと貼られた広告。ベートーヴェン以後の作曲家にとってベートーヴェンを研究すると言えば、後期作品を勉強することだったのだろうか。おそらくは我々が思っている以上に。