たもたそ日記

生活について書きます。

無題

なにか1つをやり遂げることが出来るなら、他のことだってやり遂げることが出来る。これはほんとうにそう。ただし、入口に手をかけた段階で出口までが決まっているものではなくて、出口までに何個も手数を整えなければならないもの。

セックスは怖いものだから文化的に禁忌とされてきたということを思い起こすべきだ。痛くもかゆくもないセックスはセックスではないし、その代償は払わなければならない。

無題

無題

やりたいことがあるならやった方がいい。様々な制約があり、手をつけるところまでいかないことも多々あるだろうけども、出来る限りやった方がいい。人生は短い。

無題

先月の本番は個人的には大いに満足して良いものだった。もちろん、今の自分のレベルにおいては。とにかく続けることだ。このままベートーヴェンは終楽章までやり、ブラームスのラプソディをやり、そこで6月くらいになってしまう。その後は平均律ショパンエチュードノクターン。これで9月くらいになる。そのあとはショパンのバラードかスケルツォブラームスのハイバリを半年間。

無題

楽譜を持たない民族の音楽に比べたら、楽譜を持ち、楽譜通りに演奏することを求められる文化は、より規律訓練を必要とされる。国民国家の近代化と規律訓練は切っても切れない関係にあるため、日本においても、西洋音楽を輸入したことは近代化精神を育むことに寄与したことは決定的だ。…ということを、1週間のモロッコ滞在にて感じたのだった。

無題

なにかに隷属している方が楽だ。隷属された状態から関係をハッキングし主従関係を転覆させる、というような話とは別ものとして、隷属は隷属として考えないと。

無題

オーケストラの熱が失われつつある。理由はなにかと考えれば色々と思い当たるところはある。
オーケストラも、大雑把に大人数が身体を使って1つのことをする、と抽象的に捉えれば、マスゲームやマーチングやクラブなんかと同じ行為だと言える。みんなで同じ動きをして身体を動かすことは、単純に「キモチイイ」。うん、キモチイイ。また、コミュニティにおける承認も得られる。これも「キモチイイ」。いろんな形のコミュニケーションが成立してしまう、これもキモチイイ。だが、プレイヤーとして自分の目指したい音楽がある人にとっては、指揮者でいない限りにおいて、実現することは難しい。熱狂、興奮、承認。それと音楽は厳密に分けることは難しいとする意見もあることは認めるが、分けて考えることも可能。